top of page

映画『食べて、祈って、恋をして』が私の人生を変えた理由|ヒロインの旅と自己探求のはじまり

この記事は2019年に作成し、リライトして掲載しています。

italy

オーストラリアでのワーホリ期間、私は4ヶ月ほど語学学校に通い、ベーシックな英語とスピーキング中心のクラスで学んでいました。

毎回出されるディスカッションやプレゼンのテーマは、どれも深い問いばかり。

  • 人生が変わったターニングポイント

  • 心に残っている映画

  • 自分の国の価値観や慣習

英語を学びながら、同時に「自分」や「人生」を静かに振り返る時間が、自然と増えていきました。

日本で看護師として働いていた頃には持てなかった、内側に戻るための余白。

その余白の中で、私は自分の心と人生を丁寧に見つめ直していました。

私のターニングポイントは、新橋の立ち飲みバーで出会った友人から始まります。

そこからオーストラリアへ行くと決めた2013年の一年間は、まさに人生の分岐点でした。

そしてさらに深く振り返ると、ひとつの映画がその始まりをつくっていたことに気づきました。


『食べて、祈って、恋をして』


社会人になって数年目の頃、私はこの映画の不思議な魅力に吸い込まれました。

胸の奥がツンとするような感覚とともに、

「もしかしたら、私にもこんな旅が必要なのかもしれない」

そんな声が内側からそっと上がってきたのです。

自分を受け止め、本来の自分を思い出し、心から満たされていく人生。

看護師の仕事は好きだったけれど、どこかで “もっと輝きたい” と願っている私がいました。

けれど現実では、長く付き合っていた彼との結婚の話、看護師としてのキャリアの延長線、そして祖父母の家を継ぐべきだという見えないプレッシャー。

「こうあるべき」「〜しなければ」

have to や must が頭の中を占領し、

本当の気持ちは置き去りになっていました。

“人生って、この程度なのだろうか。”

そんな言葉にならない重さが、心を覆っていた時期です。

そして2012年の年末。

私は、それまでの自分なら絶対に選ばなかった道を選びました。

長女の私。

看護師の私。

アラサーの私。

しっかり者で真面目だと言われてきた私。

そんな外側のラベルをいったんすべて外して、

「ただの私」が感じることを信じてみようと決めたのです。

その選択を支えてくれたのが、何度も繰り返し観た『食べて、祈って、恋をして』。

“この選択は間違いじゃない” と、映画が背中を押してくれていました。

その後、原作を読みました。このストーリーは、原作者エルザベス・ギルバート自身の実話だったからです。

映画では描かれなかったプロセスやエッセンスが詰まっていて、私にとって人生のガイドのような一冊になりました。

イタリアでの自己受容、

インドでの祈りと内省、

バリでの自由と創造性の回復。

エリザベスの旅は、私たち女性が幸せに生きるための鍵を静かに示してくれます。

そして私は、ドキドキと不安を抱えながらも旅立ちました。

オーストラリアでの暮らすような旅の中で、

自分の内側と深く向き合い、感情を解放し、味わう時間を過ごしました。

旅は、思い出させてくれる力を持っています。

忘れていた本音や、内側の静けさ、そして本来の自分へ戻る道筋を。


ヒロインの旅との出会い

2014年から始まった「自分を知る旅」。

表面には見えないけれど、内側では深い深い旅が続いていました。

自分を知ることは、ときに痛みを伴います。

受け入れ、手放し、また進む。

光だけでなく、闇を知るからこそ見えてくる景色があります。

そして2018年の年末。

ビジネスのメンター・おのともこさんを通して、私は「ヒロインの旅」に出会いました。

その瞬間、衝撃と同時に “ああ、これだったんだ” という必然を感じました。

私が4年間歩いてきた旅路が、ひとつの円を描いていたことに気づいたのです。

ヒロインの旅は、女性性のプロセスそのもの。

男性、女性の全てが持つ、内なる女性性と男性性の統合の道。

女性性の旅は直線ではなく、円環的で、らせん状に上昇していきます。

同じ場所をぐるぐるしているように見えても、一周するたびに視座が高くなり、世界の見え方が変わっていく。

このプロセスを知ることで、人生のどんなシーンにも、内面の揺れにも、落ち着いて寄り添えるようになると感じています。

だからこそ、この旅をシェアしたい。

ワーホリや海外に出たい人、

自分の人生を生きたいと願う人の灯台になると確信している私がいます。

次回から「ヒロインの旅」について連載していきます。


コメント


bottom of page