海外生活で揺れる“日本人としての自分”
- YUKI Life Coach
- 1月16日
- 読了時間: 4分

海外で暮らしていると、ふとした瞬間に 「自分は、どこにいるんだろう」
そんな感覚に包まれることがある。
言葉の違い。
文化の違い。
価値観の違い。
そのどれもが新しくて、刺激的で、楽しいはずなのに、心の奥では静かに揺れている自分がいる。
その揺れは、弱さではなく、“日本人としての自分”が新しい環境の中で形を変えようとしている、そんなサインだと私は思う。
言葉が通じても、気持ちが通じない瞬間
英語で会話はできる。
仕事もできる。
生活も問題なく回っている。
それでも、
「このニュアンス、どう伝えればいいんだろう」
「なんだか分かってもらえない」
そんな小さな違和感が積み重なる。
日本語なら一瞬で伝わる気持ちが、
英語だと遠回りになる。 わかり合いたい人が目の前にいると、余計にそのもどかしさが強まっていく。
その距離が、その繰り返しが、どんどん自分の輪郭をぼんやりさせてしまうことがある。
“日本人としての自分”と“海外での自分”の間で揺れる
海外に出ると、日本にいた時には気づかなかった“日本人としての自分”が浮かび上がってくる。
丁寧さ。
控えめさ。
空気を読む感覚。
相手を思いやる深さ。
それらは美しい文化だけれど、海外では時に
「自分を小さくしてしまう」
そんな瞬間もある。
逆に、海外で身につけた自己主張や自由さが、日本に帰ると浮いてしまうこともある。 海外にいれば、「バックボーンをもて、自分の意見をはっきりともってそこに立て」と言われそうする。 日本に帰れば、今度はその程度を調整しなければ、「あぁ、海外に染まった人」と言われる。
どちらが正しいわけでもなく、その間で揺れるのは自然なことだと私は自身の経験から思う。
“どこにも完全には属さない”という感覚
海外生活が長くなるほど、こんな感覚が生まれることがある。
日本に帰ると、
「なんだか少し違う」 と感じる。
海外にいても、
「ここが完全な居場所ではない」 と感じる。
そのどちらも本当で、どちらも間違っていない。
むしろ、その“間”にいるからこそ見える景色がある。
揺れの正体は、“アイデンティティの再構築”
海外生活で感じる揺れは、自分が壊れているのではなく、
新しい自分へと移行しているサイン。
日本で育った価値観と、海外で触れた価値観が、ゆっくりと混ざり合っていく。
そのプロセスは、とても静かで、とても個人的で、誰にも見えないところで進んでいく。 まさにヒロインの旅のプロセスでもあるのだけど。
だからこそ、揺れを感じるのは自然なこと。
揺れが落ち着き始めるための、小さなヒント
海外生活で感じる揺れを止めようとしなくていい。
ただ、揺れの中で、自分の中心に戻る時間をつくることが大切。
日本語、英語それぞれで“本音”を書いてみる 言語は心の器。 そして、言語によって人格が異なることもある。 だから、それぞれの言語で言葉にしたい本音を書いてみる。 そうすると、それぞれの言語の自分が何を思い、考え、伝えているかが見えてくる。
海外で身につけた価値観を否定しない その国で暮らすから、海外で生活をしたからこそ見える、わかる価値観がある。 それぞれの国、文化のポジティブもネガティブもわかる。 それらを否定することなく、そうあるのだと受け入れ置いておく。
“どちらでもない自分”を受け入れ楽しむ 言語や文化の間にいるその自分を受け入れ、まだ曖昧かもしれないそれらを見守り、新しい自分が育っていることを楽しんでみる。 あなたがしている経験全てが、あなたという個性を創っているから。
海外生活で揺れるのは、あなたが変化している証
海外生活で揺れるは、あなたが迷っているのではなく、あなたが成長している証。
日本人としての自分と、海外で育った自分がゆっくりと統合されていくプロセス。
灯台の光に戻るように、あなたの中心へ帰っていく旅。
その旅は、揺れながら進むもの。
そしてその揺れこそが、あなたを新しい場所へ連れていってくれる。 私自身、このプロセスをゆっくりと歩んでいった背景がある。 それこそ、整ったかなと思っていたけど、出産してまた揺れを経験し、あらためて成長してきた。 そう、統合と成長は続いていくもの。 人生のシーズンが変われば、また揺れを経験しながら成長していくのだ。




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